6世代にわたり家族経営でポート・ワインを造り続けるギマラエンス家
1822年に、マヌエル・ペドロ・ギマラエンスは、フォンセカ社の株式の大半を取得し、フォンセカ・ギマラエンス社を設立しました。
その後まもなく起こった政変によって、自由主義を支持していたギマラエンスは、ポルトガルを逃れることを余儀なくされ、ポート樽に隠れてイギリスに渡りました。
この時から、1927年にポルトガルに戻るまで、フォンセカ・ギマラエンス社は、イギリスに本拠を置くことになりましたが、この間にビジネスは大きな成長を遂げ、高い評価を得ました。
1840年には、フォンセカ・ギマラエンス社は、ポートで2番目に大きな会社となり、1847年に、同社の初のヴィンテージ・ポートが、イギリスに向けて出荷されました。
それ以来、ギマラエンス家は、全てのヴィンテージ・ポートを自らの手で造ってきました。
そのハウススタイルは、濃厚な色調、凝縮したダークベリーの香りと味わい、しっかりした構成とバランスの良さで、何十年にも亘る熟成が可能です。
最近の傑出したヴィンテージである1994年のヴィンテージ・ポートは、6代目のデヴィッド・ギマラエンスによって造られました。このように、ポート・ワイン生産者として、一貫した家族経営を守り続けるギマラエンス家の伝統は、そのワインの品質に明確に現れています。
ポート・ワインの歴史
ポート・ワインは、ポルトガル北部にあるドウロ地区で造られる酒精強化ワインです。
1600年代初頭、ルイ14世の宰相、コルベールは、ヨーロッパ本土とイギリスの間の通商を禁止しました。
イギリスの需要を満たすため、羊毛貿易者はオポルトの北にあるヴィアナ・デ・カステーリョの港から、ドライ・フルーツ、オリーブ・オイル等の交易品とともにワインを輸出しました。
しかし、この土地のワインは比較的軽く、アルコール度数も10%程度しか無かったため、温度変化の大きいイギリスまでの船旅の間に酸化や酵母汚染を起こすことが多く、通商者達は、よりボディのしっかりしたドウロ地区のワインを求めるようになりました。
このワインが人気を得て、需要が高まったため、イギリスへのワイン輸出を手掛ける会社は、本拠をオポルトに移すようになりました。
また、ワインの劣化を防ぐため、輸出者はスティルワインにブランデーを加えて出荷するようになりました。これは後に、ワインの風味を維持するために、ニュートラルなグレープ・スピリッツが使われるようになりました。
現在のように甘口のポート・ワインができるまでには、何十年間かの歳月とイギリスでの甘口ワインの人気の高まりが必要でした。
イギリスとフランスの険悪な関係はその後も続き、1703年にはメシュエン条約によってポルトガル産ワインに特恵待遇が与えられ、フランスワインには重税がかけられたため、イギリスへの輸出はさらに拡大し、その後、ポート・ワインは世界的な人気を博していきました。